平成15年12月14日曇時々晴 参加者4名
自宅発 9時30分
鷲が岳登山口 10時10分
鷲が岳山頂 12時10分
鷲が岳山頂発 13時10分
登山口駐車場 14時40分
自宅着 15時00分
相棒が宿直だったので、近場の取立山にでも行こうかと話していた。急遽電話がかかってきて北郷の鷲が岳へ行くことになる。
毎日通勤の道すがら眺めているのだが一度も登ったことのない山だった。。。
昨夜は高い山にはたくさんの雪が降ったようで、経が岳はかなり白くなっていた。
伊地知の神社目指して車を走らせて登山口の駐車場へ。20分ほどで着いてしまった、近い。
すでに2台の車、と言ってももう10時だ。


登山口の駐車場 登り始めの道


馬につける鞍のような形の岩 ヒヨドリジョウゴの赤い実
10時10分登り開始。林道を歩き始める。
すぐに杉の木の間を歩くことになる。檜が植林してある場所もあった。
道の左右に少しずつ雪が見えてくる。
ヒヨドリジョウゴの赤い実が鮮やかだ。野生の紫式部の紫の実も見える。


勝山方面を見渡す 雪がある・・・
少しずつ高度が上がって、九頭竜川の蛇行が見えてくる。
勝山の町の向こうにスキージャムが見えてくる。
気温は低いが、歩いているとだんだん暑くなってきて一枚ずつカッパ、ベストと脱いでゆく。
山頂が見えるが、雪が少しあるようだ。
青空も見えて、山頂に登るまでこのお天気が持つといいけど・・・。
だんだんと雪の量が増えてきて、登山靴では歩きにくくなる。
高度もだんだんときつくなる。
いつのまにか尾根道を歩いている。
時々ヤブコウジの真っ赤なきれいな実がなっている。


ヤブコウジ 雪がだんだん増えてくる・・・


ようやく山頂が近くに見えてくる 岩屋林道
北の方向に岩屋林道が間近に見えてくる。
谷間を縫うように走っている林道が、手に取るほど近くに見えてくる。雪をかぶった山々が美しい。
丈競山を巻くように走っている岩屋林道、どれがどの山なのかわからない・・・(^^;)。
時々山の斜面に光が当たってきれいに見える。
白と黒のコントラストもきれいだが・・・。
右手に雪をかぶった山を左手には九頭竜川の蛇行を挟んで大仏寺山の山並みが見える。
ほとんど平地から769mまで一気に登るのでなかなかキツイ。
一歩一歩足許を見ながら時々顔を上げて、周囲の風景を確かめながらひたすら歩く。

何度かこれが最後の登りかと思いながら、ようやく本当に最後の急登を登る。
最後には雪は20cm近くあったので2時間ほどかかった。
山頂には畑時能戦死の地の大きな碑が建っている。
時はすでに12時10分。
2組の方々が宴会の真っ最中だった。
越前甲も見える。時々陽がさして暖かい。
ゆっくり昼食をとって、雨がパラパラ降ってきたので1時過ぎに下山。
気が付くと西側から霧が静かに押し寄せてきて、いつの間にか霧に囲まれて何も見えなくなった。
しばらく歩いているうちにいつのまにかまた霧は通り過ぎてもとの視界に戻っている・・・、不思議な感覚だった。


畑時能戦死地の碑 右手は越前甲

南北朝の動乱期、南朝方の新田義貞の重臣であった、畑時能(はたときよし)。
新田塚で新田義貞が戦死の後、わずかな手勢で鷹巣城と鷲が岳に立て篭もり、北朝方の越前守護斯波高経の七千騎を翻弄した。
多勢に無勢、この鷲が岳で最後を迎える。
今に残るのは胴塚(首塚は埼玉県にあるとか)、時能の墓は上志比村山王の慶妙寺にあるとか。
そう言えば、岩屋観音の境内に畑時能の像もあった・・・。
古戦場とは思えないほど、今は360度のパノラマにのんびりと昼食を食べながら風景を堪能する。
こんなに急斜面を馬を走らせたのだろうか?


サルトリイバラの赤い実 下りの道
下りは早い。途中サルトリイバラのたくさんの真っ赤な実がとってもきれいだった。
水屋の清水と馬屋の跡の碑があり見に行く。馬屋の跡の場所には崩れた石垣があった。
いつの時代の物なのかわからないが、人の手が加わっていることは確かだ。
近くに大きな赤松が2本、見事な形をしていた。松茸が生えていそうな・・・?


みごとな形の松 対岸の上志比村吉峰を望む
吉峰の谷を見渡しながら降りる。
保田の経が岳の向こうに、春に登った大光寺跡の急な下りも見える。落ち葉がたくさん落ちていて、かさこそと音をたてながら歩く。 朴の大きな葉っぱ、椎や樫の葉、丸い大きな葉、黄色い葉、名残の赤い色を残した葉。見ていて飽きない。
高度が下がると葉っぱも少なくなって、やがて杉の林の中に入って、林道を歩く。
また檜の植林してある林に戻ってくる。
登山口の駐車場に2時30分過ぎに無事到着する。
春はカタクリの群生にも出会える、低いがなかなかいい山だった。