宇治文学散歩散歩(源氏物語ミレニアム) 平成20年 9月23日晴
今年は源氏物語千年紀(ミレニアム)ということで、読書会の文学散歩は京都宇治と滋賀石山寺となった。
まずは宇治橋の近くに建てられている源氏物語ミュージアムを見学する。
ミュージアムの周囲にはムラサキシキブが植えられており、紫色の実がたくさんついている。
宇治十帖の舞台となった地なので、まず宇治十帖のあらすじを描いた映画「橋姫」を見る。
約20分ほどで宇治十帖のストーリーがわかるようになっている。
近衛文麿が収集した陽明文庫の一部が特別展として展示されていた。
国宝「御堂関白記」一巻 自筆本十四のうち、寛弘七年(1010年)上巻。
国宝「後二条殿記」一巻 藤原師道筆
国宝「類聚歌合」(二十巻本歌合)一巻 天徳4年(960)3月30日から大治元年(1126)摂政左大臣忠通歌合までの147度の歌合を,20巻に編纂したもの。
などが展示されていた。道長の筆跡を見ただけでも満足だった。

宇治十帖は、「橋姫」「椎本」「総角(あげまき)」「早蕨」「宿木」「東屋」「浮舟」「蜻蛉」「手習」「夢浮橋」の十帖。
「橋姫」
源氏亡き後、異母弟八の宮は宇治川のほとりで隠棲し、聖のような生活を送っている。
娘が二人、大君と中の君。源氏の末子薫は八の宮の人柄を慕い、宇治に通っている。
晩秋のある夜、薫は大君と中の君を偶然見て、心惹かれる。
薫から話を聞いた匂宮(源氏の孫)も、二人に関心を持つ。
薫は八の宮の女房から、出生の秘密(源氏の子ではなく、女三宮と柏木の子)を聞かされる。
「椎本」
初瀬詣帰りに匂宮は八の宮の別邸の対岸にある、宇治の山荘に泊まり、中の君と文を交わす仲になる。
八の宮は大君と中の君を薫に託し、世を去る。
薫は大君に心を惹かれ思いを打ち明け、中の君と匂宮の結婚を勧める。
「総角(あげまき)」
八の宮の一周忌後、薫は大君に求婚するが、拒まれ中の君をすすめられる。
薫は匂宮と中の君を結ぶ。大君は結婚した中の君のことを心配しつつ亡くなる。


「総角」ゆかりの地の石碑と説明。

与謝野晶子の歌碑。


八の宮の別邸があったとされる場所に建つ宇治上神社。
平等院鳳凰堂と同時期に建てられた。世界遺産にもなっている。

本殿は国宝で覆屋という作りで、中に3つの内殿がある。
寝殿造りを思わせる建物。日本風の檜皮葺の屋根が美しい。


早蕨の古跡。
「早蕨」 父と姉を失った中の君は宇治で寂しい日々を過ごす。
同じ思いの薫は、八の宮の遺言もあり中の君の世話をする。
匂宮は中の君を京へ引き取る。

早蕨の説明

宇治橋のたもとにある宇治十帖のモニュメント。

宇治橋を渡ると、宇治川先陣之碑がある。
源平の時代、義経の初陣に、頼朝より賜った名馬いけづきに乗る佐々木高綱とするすみに乗る梶原景季が宇治川の先陣争いの末、いけづきが勝った記念碑。

「夢浮橋」の古跡。

若々しい紫式部像

橋姫神社 宇治橋の守護のために橋姫(瀬織津比淘ク・せおりつひめのみこと)を祭る。

橋姫神社は,もとは宇治橋の中間の張り出した「三の間」と呼ばれる所に祭られていたそうだ。


次は滋賀県の石山寺へと出発。
石山寺は聖武天皇が良弁僧正に開かせたお寺。
本堂と多宝塔は国宝となっている。
西国三十三観音の札所になっているので、本尊は木造如意輪観音半跏像(重文)。
南大門は源頼朝が寄進した建物(重文)。
毘沙門堂は木造建築が美しい。


何となく可愛らしい鐘楼

多宝塔(国宝)。1194年建立で日本最古の多宝塔。南大門とともに頼朝寄進とされる。
中には快慶作の大日如来が安置されている。

本堂(国宝1096年)・合いの間・礼堂(1602年淀君寄進)からなる。

礼堂の東の端に源氏の間があり、紫式部の像が安置されている。
八月十五日の明月を見て着想を得て、源氏物語の「須磨」「明石」の巻から書き始めたと伝わる。

月見亭・・・石山寺からの十五夜は安藤広重が描いた近江八景の「石山の秋月」として有名。
瀬田の唐橋方向がよく見える。


朱塗りの心経堂と苔の色が鮮やかできれいだった。

また境内の塔頭では、千年紀の一環の夢回廊として色々な催し物が行われている。